著者について

Vareet(著者、ホスト)

MTW執筆者。公に記録されない少数言語地域であり、人口およそ3000人程度の非独立国ボルノイ州(Bolnoy)出身。経済的に発展せず貧困と犯罪など深刻な社会問題により2009年、ボルノイ州は衰退。間もなく大陸移動によって国土の七割が海の底へ沈み事実上消滅した。

また、ボルノイ州は国内事情と裏腹に希有な潮流と生態系に恵まれていた。そのため食材のバラエティーは豊かで、食材に恵まれた環境もあり筆者はわずか5歳にして包丁を握る。当時のボルノイ州は貿易が未発達であり造船技術もなく、銅製の粗悪な包丁(らしきもの)が筆者が幼少時代に使った唯一の包丁であった。

祖国の消滅により母とともにカナダへと短期移民し、その後中国へと渡る。東洋文化に魅了され20代で単身日本へ留学。三年後、台湾やベトナムなどアジア各国を点々としながらレシピを集め、その後は欧州を渡り歩く。現在は世界各国を渡って集めたレシピを元に、国境を越えてより洗練されたレシピの開発に取り組む。

                 *

私が最初に出会った料理らしい料理は、母が作ったソースのないシュペッツレでした。ちょうど祖国の政情がもっとも不安定で貧困と犯罪が蔓延していた当時、片親だった母は特に経済的に相当苦労しながら、幼い私に食事を与えてくれていたといいます。まだ私は3歳かそこらでしたが、慢性的に栄養失調気味の私に何とか栄養のあるものをと、母はとある日に粗末なシュペッツレを作ってくれました。私の人生において初めて体験した“すばらしい料理”であり(事実私は、初めて食べたその味に狂喜乱舞したことを今もまだ覚えています)、そしてそれは計り知れない親の愛とともに私の心に深く刻まれたのです。のちに私が料理に魅せられ、世界を旅するきっかけとなった出来事でした。

今も私は、料理には人を幸福にする力があると確信しています。それはショーマンシップに彩られた上辺だけの銀幕ではなく、本当に心の底から人を喜ばせるような、枯渇した井戸に水が戻るような豊かな幸せを生み出してくれるものだと信じています。その感動を大切な人と分かち合うために、私はあらゆる料理を食べ、作り、振るまってきました。それはおそらく、料理人という道を歩んでいたならできなかった体験ばかりです。

料理は食材の良し悪し以前に、作る人の心で決まります。ご家庭で高級食材を毎日のように扱うなど専門店のような真似はできません。ですが、私の母が幼き日の私にそうしてくれたように、たとえ粗末な食材であったとしても、ていねいにそれを扱い心を込めて調理すれば、心に響く料理が生まれるのです。

何も難しいことではありません。「料理を上手に作ろう」「もっと引き出しを増やそう」と力む必要もないのです。

私たちに必要なのは「この人のために」という、とてもシンプルな動機だけ。料理は愛でできているのですから。

翻訳:チコ  撮影:Hitomi